ベストピクチャー








「香川ー。なぁ。香川ー」

うざい声が俺を呼ぶ。
無視。

「香川くーん。香川ちゃーん」

無視無視無視無視。

「・・・・・幸弘」

無視無視む・・・・・。

「名前で呼ぶな、どあほ!!!」

思わず振り返って怒鳴ってしまった。

「やーっと返事してくれたな」

ニヤけた顔がしゃべった。



今。
俺は一番関わりたくない奴、斉藤秀明と同じ部屋にいる。
部屋ゆーても、バイト先の休憩室やけどな。
でも二人きり。

「ちゅーか、なんで俺と同じ時間に休憩とっとんや、お前は!」
「んなの、言わんでも分かっとるくせに。ハニーは冷たいなぁ」

・・・・・。
脱力。
”誰がハニーやねん!!”てつっこむ気にもならん。
はぁ。
なんで、こんな事になったんやろ・・・・・。




飲み会の次の日の朝。
なんつーか。
ドラマや漫画とかでよくあるやん?
目が覚めたら見知らぬ人が隣で寝てて。
俺も君もスッポンポン!みたいな。
あれや。
あれが起こってしまったんや。
まぁね、可愛い女の子をお持ち帰りしてたんやったらまだええけど。
逆に俺がお持ち帰りされてて。
まぁね、それでも綺麗な年上のお姉さんにお持ち帰りされたんやったら全然ええけど。
初めて会った、バイト先の、同い年の、お兄ちゃん、つまり男にお持ち帰りされてもうた訳やね、俺の場合。
あはははははははは。
笑いがとまりませんわ。




「香川、明日シフト入ってないやろ?暇やんなぁ?」



勝手に決め付けるな。 じろりと睨む。

「なぁ、どっか行けへん??」
「行かん」
「ええやん。せっかくの休みやで?」
「なんでせっかくの休みをお前と過ごさなあかんねん」
「うわっ。ひどー。傷つくわぁ」

まったく。
斉藤はあの晩以来、何故か俺にまとわりついてくる。
俺としては、お互い酒に酔ってた事にして無かった事にしたかったんやけど。
なのに斉藤は

「俺、香川の事、気に入ってもうたー」

とかなんとか言って、やたら手やら腰やらも触ってくるし、わざわざ人と代わってもらって俺と同じシフトにするし。

「・・・お前、男が好きなん?」

おれの口からこんな疑問が出てくるのも当然のことだった。

「さぁ。よう分からん」
「はぁ?なんやそれ?」
「まぁ、ともかく俺は香川が気に入ったんやって」

そんな言葉で俺の疑問はまとめられ、今に至っている。
今も、パイプ椅子に座ってる俺を後ろから手をまわして羽交い絞めにしている。
離せと百回言ったところで、全く言うことを聞かないのを最近の俺は悟り気味だ。
・・・・・・。
いやいや、決してこれはほだされている、とかじゃない。
断じて違う。違うったら違うんや!

「なぁなぁー。どっか行こーて。俺、買いたいCDがあるねん」
「一人で行け」

そんな会話を繰り返していたら休憩室に近づいてくる声がした。

「あ、もう俺らの休憩終わりや。行くぞ?」

もっとも、斉藤のおかげでちっとも休めんかったけどな。
読んでた雑誌を片付けながら、腰を上げる。
背後では斉藤が不満気な声でぶつくさ言っている。
しかも、まだしつこく

「明日のデートの約束してくれるまで、俺ここから動かん」
「へいへい。じゃ、そのままおってさっさとバイト首になってください」
「香川〜、そんなつれないこと言わんとってやー。なぁなぁー」
「ったく、お前はしつこいんや・・・!」

いい加減、うざくなってふり返った俺の口を何かが塞いだ。
と、思ったらすぐ離れた。
その直後、ドアが開いて人が入って来た。

「おつかれさまーっす」

平然と挨拶をする斉藤。
俺も慌てて挨拶する。
ちくしょう。
横目で斉藤を睨みつける。
斉藤もこっちを見た。
目が笑っている。
・・・・・こいつ、俺で遊んでやがる。
ちくしょうちくしょう!
めっちゃむかつく。

「かっがわ!一緒に帰ろー!」

また出た。
残業になった俺と違って、時間通りに帰ったと思ったのに。
休憩時間の事もあって一気に俺の機嫌は悪くなる。

「お前、ストーカーか」
「あー、バレた?香川が俺をそーさせるんやで?香川のことやったら何でも聞いて?匂いからトランクスの柄まで網羅しとるで」
「黙れ、変態!!」

俺は耳を塞ぎ、早足で歩く。

「あ、ちょ、待ってや」

慌てて斉藤が追いかけてくる。

「待ってってゆーとるやん、ハニー」

その時、俺のイライラは頂点に達した。

「俺をからかうのもいい加減にせぇ!」
「え、か、香川??」

俺のいきなりの激昂に斉藤は目を丸くしている。

「俺で遊ぶんも止めろや!いっつもいっつもふざけやがって!!うざいねん、お前は!!!」

はぁはぁはぁはぁ。
言った。
言ってやった。
沈黙。
斉藤は黙っている。
俺は、興奮がちょっと冷めるといきなり冷静になってきた。
気まずい。
ちょっと言い過ぎた・・・・か?
いや、んなことはない。
大体、なんでコイツ黙っとんねん!
いつもやったらニカっと笑って「そんなに怒らんといて〜?」とか言うやんか。
そんなことをぐるぐる考えている俺の耳に、低いつぶやきが聞こえてきた。

「・・・・思ってたん?」
「は?」

あまりに低く小さい声で聞こえない。
もう一度聞き返そうとしたとき斉藤がまた口を開いた。

「・・・俺がふざけてチューしたり、あんな事言ったりしてたんやと思ってたん?」
「・・・え?」
「・・・俺、好きでもない子にそんな事せぇへんよ?しかも男とエッチなんか」
「・・・・・えぇ!?」
「香川、俺の事、本気にしてなかったんか!?・・・俺、ウザがられてたん??」

ちょ、ちょっとまて。
落ち着け、斉藤。
ちょっと整理してみるから。
うわ、こいつ泣きかけやん。
まずは一番せなあかん質問を。

「お前、俺の事好きやったん?」
「はぁ!?何言うてんの、いまさら!」

また、斉藤は目を丸くして驚いた。
あーあ、溜まってた涙がこぼれ落ちてるがな。
俺、てっきり俺をからこうて遊んでるんやとばかり。

「ほ、ほなってお前好きとか一言も・・・・」
「そんなん、恥ずいやん・・・。照れるよ、俺かて」

おいおいおいおい。
ハニーやら、ストーカーやら匂いやらは恥ずかしくないんかい。
こいつの感覚、どっかおかしいんちゃうか。

「好きや、一目惚れなんや。もういっつもお前の事ばかり考えとんねん」

斉藤は続ける。

「香川が俺のこと、ウザいとか思ってたんもなんとなく気づいてたけど、お前が本気で嫌がってない事も気づいてた」

い、いきなり告白タイムかい。
てか、こいつ今なんてゆうた?俺が嫌がってないって?
反論しようと思ったけど、斉藤の本気な顔の前では何も言えなくなった。

「なぁ、俺は本気や!ちょっとでもええから俺の事、真面目に考えてくれへん?答え出すのは今やなくてええから!」

・・・・・・。
まて、まてや、俺。
なんで心臓がドキドキいっとんねん。
なにときめいとんねん!
アホか、俺は。
相手は男やで?
ほだされたらあかん。あかんあかん。

「香川・・・」

でも。
バイトの女の子達にもてもてで、でも俺からみたらアホ丸出しな奴。二枚目なんは認めてもええけど。
そいつが必死な顔で、しかも泣きかけで俺に告っている。
俺の事、本気で好きやと言っている。

俺は振り返って歩きだした。
斉藤を置いて。

「か、香川!!」

ぶっ。
なに死にかけとるような声だしとんねん。

「明日、タワレコの前。一時な」
「・・・・・え?」

俺は顔だけ斉藤に向けて笑いかけてやった。

「デートするんやろ?」

まぁ。
ほだされてもうたかどーか分からんけど。
明日の休みはお前と過ごしてもええかな。







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